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アキュラ通信

Vol.24 トイレの話~日本編①

今回と次回は、日本のトイレの歴史を紐解いてみましょう。まず、日本のトイレは水洗式から始まったというお話です。今回と次回は、日本のトイレの歴史を紐解いてみましょう。まず、日本のトイレは水洗式から始まったというお話です。

日本のトイレは昔から水洗だった

縄文時代や弥生時代の頃のトイレは川でした。水資源の豊富な日本では、ごく自然に水に流すという水洗式トイレの発想が生まれたのです。トイレを指す「厠=かわや」の語源もここから来ています。続く古墳時代に入ると、豪族たちは周囲に外的から身を守るための堀をめぐらした住居を構えるようになります。その堀がトイレとしても使われたようです。

都の寿命を縮めた?トイレ事情

法隆寺や飛鳥寺が建立された飛鳥時代になると、中国に倣って巨大な都が作られるようになりました。同時に、西洋のような環境衛生問題が人々を悩ましだし、時には都の寿命を縮める原因になることも。694年に始まった藤原京は、平城京に遷都されるまでわずか16年間しか続きませんでした。その理由は川の流れの方向。藤原京は中心を飛鳥川が南から北へと流れています。都は北が上位で、そこは貴族たちが住む場所。つまり庶民の「下のもの」が貴族の屋敷の方に流れてゆく構造になっていたのです。

貴族たちは、飛鳥川から水を引き込んだ都大路の側溝を屋敷に引き込み、その水路の上に屋根をつけてトイレにしていました。雨が降ると町中の「下のもの」が貴族の屋敷の中にどっと流れ込むわけで、我慢も16年が限界だったのかもしれませんね。

「きんかくし」は「きぬかけ」だった

平安時代になると、藤原京の教訓からか、貴族は水洗式トイレを用いなくなり、寝殿の中に専用の便所を設けるようになりました。そこには「ひばこ」といわれる砂の入った箱型のしゃがみ式便器がおいてあり、貴族はその中に用を足しました。世界のトイレは西洋の腰掛け式と東洋のしゃがみ式に大別されますが、しゃがみ式便器に「きんかくし」がついているのは世界でも日本だけです。当時の「きんかくし」は板とその上についた丸い棒で、「きぬかけ」と呼ばれていました。つまりお姫様が用を足す時に、侍女が十二単の裾をまくり上げて掛けるための棒だったのです。

日本初の下水道は明治時代に誕生

平安時代以降、日本では「貯める」タイプのトイレが主流になり、一部の地方を除いて水洗式は廃れてゆくことに。そして、明治時代になって、文明開化の風潮の下、西洋の下水道に連結された水洗式トイレが上陸することになるのです。

日本初の下水道は、明治2年、英国人土木技師が横浜の外国人居留地で着工したものです。彼らは母国と同様の水洗公衆トイレを実現しようとしました。工事は難航しましたが、その一部が明治7年に完成しています。彼らは腰掛け式便器とトイレットペーパーを使うスタイルを、日本に初めて持ち込んだのです。

オリンピックで腰掛け式水洗便器が普及

洋式の腰掛け式水洗便器が本格的に普及しだしたのは、昭和39年の東京オリンピックの頃。それ以前は欧米人が多く泊まるホテルに設置されていただけでした。一般の住宅での普及は、旧住宅公団が狭い団地の居室を有効活用するためと、5階建ての団地ではトイレは水洗式にするしかないという理由から、大小別々だった便器を兼用の洋式便器にしたのがきっかけです。このときから男性用の小便器「あさがお」は、日本の家庭から徐々に姿を消していきました。

世界に誇る日本の快適トイレ

そして今、世界が絶賛するのが日本のトイレの快適さです。便座に暖房が付き、お尻を温水で洗い、温風で乾燥してくれる日本のトイレは、世界が認める優れものです。さらに最新式のトイレには「大」を流す水量が従来の約半分の6リットル以下という優れた省エネ・省資源性を持つものも出てきています。また音楽プレーヤーを内蔵したり、汚れが付きにくい素材を採用するなど、その進化はまだまだ続いてゆきそうです。

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