Vol.20 ガラスの歴史

私たちの住まいに欠かせない建材のひとつがガラス。大きな窓やガラスのドアから差し込む明るい光は、健康的で快適な暮らしに無くてはならないものです。今回はガラスの歴史と住まいとのかかわりを見てゆきましょう。
貴重品としてのガラス
人類とガラスの出会いはおそらく石器時代。溶岩がガラス状に固まった天然ガラスの1種、黒曜石を矢じりや石包丁として利用したことなどから始まったと考えられています。そして、紀元前5000年頃には世界四代文明のひとつメソポタミアで、人間の手によるガラスの生産が始まりました。当時の出土品には青緑色で不透明のガラスが多く、これは青銅器の製造に伴って、偶然にできたものだったようです。
同じく四代文明の古代エジプトでもガラスの製造は盛んに行われていました。ガラス製造には燃料として大量の薪が必要だったため、王の権力を象徴する装飾品として珍重され、宝石と交換されることもあった貴重品でした。
紀元前1世紀には地中海の貿易国家フェニキアで「吹きガラス」の技術が発明され、大量生産への道が開けました。ガラスは権力者の贅沢品から大衆の消費財に変わり、花瓶や壺などのガラス器が製作されるようになったのです。
さらに紀元3世紀に始まるササン朝ペルシャでは、カットガラスの技法が盛んになりました。これはシルクロード交易を通じて東に伝わり、中国を経由して、日本の正倉院にも瑠璃椀が伝えられています。また、古代中国にはこれとは別に鉛ガラスの技術も生まれていたようです。
窓ガラスの歴史
窓ガラスの歴史も意外と古く、紀元1世紀のポンペイ遺跡でも発見されています。当時の窓ガラスは砂の上に溶けたガラスを流し込んで作られていたため、半透明で分厚く、太陽光を室内に取り入れるためのものでした。
「吹きガラス」の手法でつくる透明な窓ガラスが開発されたのは3世紀のローマ。さらに7世紀のシリアで遠心力で平らにする「クラウン法」が開発され、窓ガラスの利用が増加していきます。しかし建築にガラスが多用されるようになったのは15世紀頃。より大きく平らなガラスを求め、16世紀のベネチアで「シリンダー法」が開発されました。これは円筒に吹いたガラスを縦割りにして平らに拡げる方法です。このように、窓ガラスの開発は南欧の地中海地方で進みました。
日本の窓ガラスの歴史
日本にはじめて板ガラスが輸入されたのは17世紀から18世紀にかけての頃。日本の木造住宅に窓ガラスをはじめて使ったのは、独眼竜伊達正宗の孫の綱宗といわれています。1658年、19歳で仙台藩主となった綱宗は、そのわずか2年後に幕府から籠居を命ぜられ、72歳で没するまで品川下屋敷で過ごしました。そこに400枚余りの輸入板ガラスを用いたのが、日本の木造住宅に窓ガラスを使った始まりといわれています。
明治時代になるとガラス窓の建築は増え、明治末からは官営の品川硝子製造所などでシリンダー法での板ガラスの量産が始まりました。現在の国産板ガラスメーカーはこの時期に生まれています。大正から昭和初期にかけて、最初から平面に加工できる製法が次々と導入されましたが、当時のガラスは厚みが均等ではありませんでした。現在のような厚みが均一な板ガラスが作られるようになったのは、なんと昭和39年。英国ピルキントン社が開発した、溶けたスズの上に溶けたガラスを流し浮かせる「フロート法」が導入されてからのことです。
ちなみに太平洋戦争後の物資不足の時代には、代用ガラスといわれるものが住宅の窓ガラスとして広く使われていました。代表的なものは、金網に樹脂を塗って透明な膜を張ったもので、2年もするとボロボロになってしまったとか。
省エネ性能で選ぶならエコガラス
住宅の高気密・高断熱化が進む現代、窓ガラスに「エコガラス」を使うケースが増えつつあります。2枚のガラスの間に乾燥した空気層を閉じ込め、どちらか1枚の表面に特殊な金属膜を塗布することで、夏は遮熱効果、冬は断熱効果を高める優れものです。
エコガラスは直射日光の約6割、紫外線も約9割をカットします。これは、1枚ガラスの約5倍で一般の複層ガラスの約3倍。板硝子協会のウェブサイト「エコガラス」の試算によると、東京都内の一戸建て住宅で、1軒すべての窓を1枚ガラスからエコガラスに交換すると、年間約5万1000円の冷暖房費が節約でき、ブナの木25本を植樹したのと同じCO2削減効果が期待できるとか。
さらに日本中の住宅の窓がすべてエコガラスになると、家庭から排出されるCO2の1割にあたる1万7000トンを削減できるそうです。価格は1枚ガラスに比べかなり高価ですが、アキュラホームの次世代省エネ住宅「はるの」には、このエコガラスが標準装備されています。






